Tous Les Matin Du Monde. フランス語で一期一会を表現するとこうなるのかな。世界の全ての朝は一度(だけ)訪れるということ。
このフレーズがタイトルになっている映画があります。ヴィオラ ダ ガンバに奏でられる美しい中世の旋律、恋、若さゆえの残酷な愚かさ、そして晩年に追いつく悔恨。空が濃い群青色だった冬日にロンドンの歴史あるシアターで観た作品。外の冷え込みとハッピーエンドとはほど遠いストーリー展開に反して、見終わったあとは、なぜか鋭いながらも明るい透明な光で心が満たされました。
早朝の青藍と深夜の鉄紺は紙一重。吉本ばななさんの「ムーンライトシャドウ」に書かれている"あの瞬間"みたいに、正反対だからこそつながっている世界は絶対あると思います。
"せつない"だけでは表現しきれないあの気持ちに久しぶりにつながる晩秋の夜更けです。
2013年11月16日土曜日
2013年11月13日水曜日
丸かじりシリーズ
東海林さだお氏の人気エッセイ集は、大学時代および社会人の数年でかなりの数を読みました。ロンドン暮らしの時代も友人が送ってくれたり、帰国の際に駅や空港でピックアップしたり。最近はご無沙汰していたけれど思えば長いおつきあいです。
身近な食材をユニークな視点から独特の文体で取り上げている作品には、時に爆笑、深く納得。手打ちうどんの話を読んで、ロンドンでは冬にうどんを打って鍋を囲むのが定番になったっけ。既に35冊文庫になっているそうです。ネットで検索したら素晴らしいサイトがあり、一覧のリンクを見て懐かしい作品を読み直してみたくなりました。最近知ったのですが、東海林氏と私は誕生日が同じ!食いしん坊は星のもとに生まれたのなら立派にその道を進もうと決意を新たにする食欲の秋日。
親友Yから送られてきた小包のなかに「どらやきの丸かじり」がありました。どら焼きといえば私たち二人の大好物。私は昔、焼き印をデザインして合羽橋で特注したくらい作るのも好きです。残念ながらその焼き印はロンドンからの引っ越し時に行方不明になりました。
Yさんとは食べ物の好みが本当に合うんです。昔大好きだった濃い醤油味の焼き煎餅があり、パッケージにマヨネーズをつけて食べるという食べ方が紹介されていました。試して見ると何かの味に似てる。よ〜く考えるとまさになすの漬け物の味。なんで?とつっこまれてもそうだからとしか言い様がない。そんな漠然とした感想(?)にひざを打ってくれるのがYさん。お煎餅の行方が気になって検索してみたら、製造元は3年前に事業停止したとのこと。あの味はもう食べられないのか、残念。
海外経験もあるYさんから送られてくる品々は、食べ物なら懐かして美味しいものや季節の限定商品、グッズなら目新しくて便利で日本ならではのものがたくさん。「どらやきの丸かじり」は味わって読ませてもらいます。
身近な食材をユニークな視点から独特の文体で取り上げている作品には、時に爆笑、深く納得。手打ちうどんの話を読んで、ロンドンでは冬にうどんを打って鍋を囲むのが定番になったっけ。既に35冊文庫になっているそうです。ネットで検索したら素晴らしいサイトがあり、一覧のリンクを見て懐かしい作品を読み直してみたくなりました。最近知ったのですが、東海林氏と私は誕生日が同じ!食いしん坊は星のもとに生まれたのなら立派にその道を進もうと決意を新たにする食欲の秋日。
親友Yから送られてきた小包のなかに「どらやきの丸かじり」がありました。どら焼きといえば私たち二人の大好物。私は昔、焼き印をデザインして合羽橋で特注したくらい作るのも好きです。残念ながらその焼き印はロンドンからの引っ越し時に行方不明になりました。
Yさんとは食べ物の好みが本当に合うんです。昔大好きだった濃い醤油味の焼き煎餅があり、パッケージにマヨネーズをつけて食べるという食べ方が紹介されていました。試して見ると何かの味に似てる。よ〜く考えるとまさになすの漬け物の味。なんで?とつっこまれてもそうだからとしか言い様がない。そんな漠然とした感想(?)にひざを打ってくれるのがYさん。お煎餅の行方が気になって検索してみたら、製造元は3年前に事業停止したとのこと。あの味はもう食べられないのか、残念。
海外経験もあるYさんから送られてくる品々は、食べ物なら懐かして美味しいものや季節の限定商品、グッズなら目新しくて便利で日本ならではのものがたくさん。「どらやきの丸かじり」は味わって読ませてもらいます。
2012年10月9日火曜日
大聖堂 - カテドラル
米作家、Raymond Carver氏の著作の中で、一番好きな短編です。
ある男の人が妻の文通(といってもテープのやりとり)相手である盲目の男性を自宅にゲストとして迎えた夜の話です。日本では村上春樹氏がかなりの作品を翻訳しています。この大聖堂も彼が訳しているようですが、私は原文でしか読んでいません。外国語でこれほどずんっ、と響いた作品はそうありません。出会えてとても幸せです。
カーヴァー氏の作品と村上氏の作品は香りが似ているから、彼が訳すのは自然の流れなのでしょう。私はどちらかと言えば村上氏の短編の方が長編より好きです。カンガルー日和のなかの「チーズケーキのような形をした僕の貧乏」は、こんなに長い題名なのに覚えている(笑)。カーヴァー氏のタイトルのつけかたも独特で長い。たとえば「僕が電話をかけている場所」とか、「愛について語るときに我々の語ること」とか、「ささやかだけど、役に立つこと」とか。長めのタイトルに惹かれるのは個人的趣味かも。江國香織さんのタイトルも大好きです。「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」とか「号泣する準備はできていた」とか「思いわずらうことなく愉しく生きよ」なんて寺山修司氏を思い起こさせてぞくぞくします。作品的には神様のボートとか好きだなあ。川上弘美さんも大好き。芋づる式に思考回路は止めどなく広がります。
さて、大聖堂に話を戻します。あらすじとして書いてしまうとなんて事ないのであえて書きません。
なぜそれほど心に残ったのだろう。一晩の経験が人生に忘れられない影響を及ぼすことに感銘をうけたのか。見えるものと見えないものの境目の曖昧さを(いやそもそも境目はあるのか?)考えたからか。見えることが世界を狭めているかもしれないという疑問を感じたからか。読後に無限なるあたたかいものが心を満たしました。いまでもそれは私の心に特別な場所を残してくれています。そういう思いはなにものにも代え難い貴重な体験なので大切にしていきます。
ある男の人が妻の文通(といってもテープのやりとり)相手である盲目の男性を自宅にゲストとして迎えた夜の話です。日本では村上春樹氏がかなりの作品を翻訳しています。この大聖堂も彼が訳しているようですが、私は原文でしか読んでいません。外国語でこれほどずんっ、と響いた作品はそうありません。出会えてとても幸せです。
カーヴァー氏の作品と村上氏の作品は香りが似ているから、彼が訳すのは自然の流れなのでしょう。私はどちらかと言えば村上氏の短編の方が長編より好きです。カンガルー日和のなかの「チーズケーキのような形をした僕の貧乏」は、こんなに長い題名なのに覚えている(笑)。カーヴァー氏のタイトルのつけかたも独特で長い。たとえば「僕が電話をかけている場所」とか、「愛について語るときに我々の語ること」とか、「ささやかだけど、役に立つこと」とか。長めのタイトルに惹かれるのは個人的趣味かも。江國香織さんのタイトルも大好きです。「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」とか「号泣する準備はできていた」とか「思いわずらうことなく愉しく生きよ」なんて寺山修司氏を思い起こさせてぞくぞくします。作品的には神様のボートとか好きだなあ。川上弘美さんも大好き。芋づる式に思考回路は止めどなく広がります。
さて、大聖堂に話を戻します。あらすじとして書いてしまうとなんて事ないのであえて書きません。
なぜそれほど心に残ったのだろう。一晩の経験が人生に忘れられない影響を及ぼすことに感銘をうけたのか。見えるものと見えないものの境目の曖昧さを(いやそもそも境目はあるのか?)考えたからか。見えることが世界を狭めているかもしれないという疑問を感じたからか。読後に無限なるあたたかいものが心を満たしました。いまでもそれは私の心に特別な場所を残してくれています。そういう思いはなにものにも代え難い貴重な体験なので大切にしていきます。
2012年10月3日水曜日
何の一節だったか?
「それは能うかぎり芳醇な果物で、軽い苦みを帯びた白っぽいつややかな果肉に、無礼なほど夥しく仕込まれた果汁が、熱を含んだ物憂い朝の歯茎を押しゆるがした。」
何の果物を書いたものだったのだろう。ライチ?皮つきの白桃?
おそらく三島由紀夫の作品からだったと思います。印象に残った一節に出会うと、ランダムに書き残していた時代。読書ノートなるものも昔はつけていたけれど、どこにいってしまったか。
ことばの組み合わせで紡がれる美しい文章。声に出して読んでみると、よりいっそう美しく感じられるのは私だけでしょうか。豊かな表現力に刺激され、イメージの世界が広がる。名文に触れるひとときは至福です。
何の果物を書いたものだったのだろう。ライチ?皮つきの白桃?
おそらく三島由紀夫の作品からだったと思います。印象に残った一節に出会うと、ランダムに書き残していた時代。読書ノートなるものも昔はつけていたけれど、どこにいってしまったか。
ことばの組み合わせで紡がれる美しい文章。声に出して読んでみると、よりいっそう美しく感じられるのは私だけでしょうか。豊かな表現力に刺激され、イメージの世界が広がる。名文に触れるひとときは至福です。
2012年1月1日日曜日
早朝のテレビ in Tokyo
3時半に目が覚めて片付けをしながらテレビをつけた。日本ではたいてい朝このあたりから活動を始める。お湯を沸かしてお茶を入れてテレビをつける。いつもはあまり見ないけれど、早朝のテレビは結構気に入っている。街角の風景、レクチャー番組、自然と音楽の映像など静かな番組が多い。世界の名峰を映す番組には息を飲み、野生動物や植物の生態に驚いたり。パプアニューギニアの最高峰、ビスマルク山脈のヴィルヘルム山の山頂4509mからの景色はすばらしかった。300以上の部族が今も精霊が宿る神山として守っている。そんな事実をあたたかな部屋で学べるなんて!
名著を紹介する番組をやっていた。アランの幸福論「Propos sur le bonheur」だ。 昔ヒルの幸福論と一緒に触れた記憶もあるがうる覚え。100分で古今東西の名著を紹介する番組の終わりの方だけ観た。被災地でボランティア医療活動をした医師が、一人の女性の話をしていた。遺体安置所で二つの花束を持っていた40代半ばの女性に話しかけた。両親が亡くなったと聞きお悔やみを述べると女性は、見つかってよかった。別々に離ればなれになっていたのではなく、住み慣れた家の瓦礫の下で二人一緒だった、と。両親を一瞬にして亡くした悲しみの中でも、アランが言うところの「意志する楽観主義」を実践する姿があった。
幸せだから笑うのでなく、笑うから幸せなのだ、とアランは書いている。和顔施、笑門来福だ。印象に残ったのは87章。「要するに幸福に関しては、推論することも予見することもできないのである。いま現にもっていなければならない。幸福が未来のなかにあるように見えるときはよく考えてみるが良い。それはつあり、あなたがすでに幸福を持っているということなのだ。希望すること、それは幸福であるということなのだ。」今 生きていることの意味を幸福としてとらえる。自分を律しながらこの「意志」を磨き、実践すること。それを忘れないでいたいと思った。
名著を紹介する番組をやっていた。アランの幸福論「Propos sur le bonheur」だ。 昔ヒルの幸福論と一緒に触れた記憶もあるがうる覚え。100分で古今東西の名著を紹介する番組の終わりの方だけ観た。被災地でボランティア医療活動をした医師が、一人の女性の話をしていた。遺体安置所で二つの花束を持っていた40代半ばの女性に話しかけた。両親が亡くなったと聞きお悔やみを述べると女性は、見つかってよかった。別々に離ればなれになっていたのではなく、住み慣れた家の瓦礫の下で二人一緒だった、と。両親を一瞬にして亡くした悲しみの中でも、アランが言うところの「意志する楽観主義」を実践する姿があった。
幸せだから笑うのでなく、笑うから幸せなのだ、とアランは書いている。和顔施、笑門来福だ。印象に残ったのは87章。「要するに幸福に関しては、推論することも予見することもできないのである。いま現にもっていなければならない。幸福が未来のなかにあるように見えるときはよく考えてみるが良い。それはつあり、あなたがすでに幸福を持っているということなのだ。希望すること、それは幸福であるということなのだ。」今 生きていることの意味を幸福としてとらえる。自分を律しながらこの「意志」を磨き、実践すること。それを忘れないでいたいと思った。
2011年9月2日金曜日
OPEN
2009年に出版されたAndre Agassiの自伝「OPEN」。CD版を図書館で借りて往復2時間の通勤中に聴いていた。ぐんぐん引き込まれる内容で車の中だけでは物足りず、あっという間に15枚のCDを聴き終えていた。読み手が舞台俳優で人物の声音もうまく使い分けていて、物語がカラフルに展開して行った。
2006年の引退試合では腰にコルチゾンを打ちながら奮闘。現役アスリートとして何を考えていたのか手に取るようにわかる書き出しでぐっと引き込まれる。それから幼少時代。兄一人姉二人、末っ子として生まれたアガシは選択の余地なくテニスチャンピオンへの道を歩まされる。父はイランから移住した元オリンピックのボクシング選手。テニスに情熱を注ぎ子供全てにテニスを仕込んだ。途中からその情熱はアガシに集中。友人から家族からも引き離されてテニス寄宿舎に送られる。孤独なテニスよりチームスポーツがやりたかった少年時代。様々な苦悩や孤独を小さいながらに感じていた模様に胸を打たれる。しかし成長しても自分にはテニス以外にない。高校も途中で通信教育に切り替え、母が試験や宿題を変わってくれたため卒業できた。テニスは大嫌い、でも自分にはそれしかない。
トレイナーGil Reynsとの出会い。運命の出会いとも言える。Gilは父親の代わりでもあり親友でもあり何よりも人を「育てる」ことの出来る人だったと思う。今はAdidasの養成プログラムを監修しているが彼のインタビューを観た。そこからは溢れる謙遜と優しく育むまなざしが感じられた。
16歳でプロに転向して20年第一線で活躍。突飛な服装や髪型も自分を隠すため。"Image is Everything"というキャノンのキャッチフレーズでからかわれ、スキンヘッドにする前はあのハードスポーツで鬘までつけていたそうだ。世界ランキング一位から141位にまで落ちて又一から出直し世界一位に。その後4大大会制覇を果たした数少ないトッププレーヤーの一人となり、今はラスベガスの恵まれない子供たちために学校を運営している。
トーナメントを渡り歩く旅ガラスの生活、体の故障などアスリートにつきもののドラマの他、幼い頃の葛藤、結婚の失敗、薬物の使用、そして長年憧れていたSteffi Graffとの幸せな生活に至るまで、驚くべき記憶力で鮮やかに、ストレートに、時に皮肉を交えて語っている。読み物として楽しめたのはもちろん、自分から全てを奪ったと思っていたテニスから実は多くの物を得て学んでいたこと、それに気付き感謝している彼の姿勢に感銘を受けた。プロとしてのキャリアを積んでしばらく経ち、能力に限界を感じ破れた試合を重ねてからテニスをやることを初めて積極的に「選んだ」と語っている。「選ぶ」ことさえできれば先が見えない道も開けるというかのように。
引退試合から語られた物語は、「始まり」と題された終章に行き着き、妻グラフとの貸しコートでのラリーの場面で終わる。自宅にテニスコートがないテニス殿堂入りアスリートカップル。一つの道を極め今は家庭を一番にそれぞれのチャリティに力を注いでいる二人はお互いへの尊敬の念に満ちて輝いている。BBCのインタビューを観て心からそう思った。
2006年の引退試合では腰にコルチゾンを打ちながら奮闘。現役アスリートとして何を考えていたのか手に取るようにわかる書き出しでぐっと引き込まれる。それから幼少時代。兄一人姉二人、末っ子として生まれたアガシは選択の余地なくテニスチャンピオンへの道を歩まされる。父はイランから移住した元オリンピックのボクシング選手。テニスに情熱を注ぎ子供全てにテニスを仕込んだ。途中からその情熱はアガシに集中。友人から家族からも引き離されてテニス寄宿舎に送られる。孤独なテニスよりチームスポーツがやりたかった少年時代。様々な苦悩や孤独を小さいながらに感じていた模様に胸を打たれる。しかし成長しても自分にはテニス以外にない。高校も途中で通信教育に切り替え、母が試験や宿題を変わってくれたため卒業できた。テニスは大嫌い、でも自分にはそれしかない。
トレイナーGil Reynsとの出会い。運命の出会いとも言える。Gilは父親の代わりでもあり親友でもあり何よりも人を「育てる」ことの出来る人だったと思う。今はAdidasの養成プログラムを監修しているが彼のインタビューを観た。そこからは溢れる謙遜と優しく育むまなざしが感じられた。
16歳でプロに転向して20年第一線で活躍。突飛な服装や髪型も自分を隠すため。"Image is Everything"というキャノンのキャッチフレーズでからかわれ、スキンヘッドにする前はあのハードスポーツで鬘までつけていたそうだ。世界ランキング一位から141位にまで落ちて又一から出直し世界一位に。その後4大大会制覇を果たした数少ないトッププレーヤーの一人となり、今はラスベガスの恵まれない子供たちために学校を運営している。
トーナメントを渡り歩く旅ガラスの生活、体の故障などアスリートにつきもののドラマの他、幼い頃の葛藤、結婚の失敗、薬物の使用、そして長年憧れていたSteffi Graffとの幸せな生活に至るまで、驚くべき記憶力で鮮やかに、ストレートに、時に皮肉を交えて語っている。読み物として楽しめたのはもちろん、自分から全てを奪ったと思っていたテニスから実は多くの物を得て学んでいたこと、それに気付き感謝している彼の姿勢に感銘を受けた。プロとしてのキャリアを積んでしばらく経ち、能力に限界を感じ破れた試合を重ねてからテニスをやることを初めて積極的に「選んだ」と語っている。「選ぶ」ことさえできれば先が見えない道も開けるというかのように。
引退試合から語られた物語は、「始まり」と題された終章に行き着き、妻グラフとの貸しコートでのラリーの場面で終わる。自宅にテニスコートがないテニス殿堂入りアスリートカップル。一つの道を極め今は家庭を一番にそれぞれのチャリティに力を注いでいる二人はお互いへの尊敬の念に満ちて輝いている。BBCのインタビューを観て心からそう思った。
2011年6月30日木曜日
Never Let Me Go
邦題「私を離さないで」は昨年公開されたイギリス映画です。最近DVDで観て、久々にいろいろな意味で揺さぶられました。監督はマーク ロマネク(Mark Romanek)、原作はカズオ イシグロの小説。彼の小説は「日の名残」をはじめとして、時代設定は過去にさかのぼります。「私を離さないで」も例外ではありません。しかし意表をつかれるのは、設定が1970年代でありながら、オープニングに映し出されるテキスト。「1958年に起こった医学の飛躍的進歩により、人間の寿命は100歳を越えた」と。
そしてイギリスの田舎にある寄宿舎の映像になり、そこで学び暮らす二人の女の子と一人の男の子がメインキャラクターです。次第に彼らが医学が飛躍的進歩を遂げた世界でどのような位置づけにあるのかが明らかになっていきます。
ユートピアの反対語はディストピア(dystopia)。何処にもない場所という意味のギリシャ語ベースの造語が理想郷で、その反対語ディストピアは暗黒郷。文学の世界も両方の特徴を併せ持った作品は多いのですが、どちらかにフォーカスを当てた作品はユートピア文学またはディストピア文学とされます。ディストピア文学の代表作は言わずと知れたG.オーウェルの1984年やO.ハックスレーの素晴らしい新世界など。言葉のラベルを比べれば、一方の世界は光り輝き、もう一方はただ暗く悲惨です。人間は生まれた日から死に向かって歩く旅人、という表現があります。これはまぎれも無い事実。しかし「私を離さないで」を観終わって、大切なことを思い出させてくれてありがとうという温かい気持ちで満たされました。本も読んでみたいです。
そしてイギリスの田舎にある寄宿舎の映像になり、そこで学び暮らす二人の女の子と一人の男の子がメインキャラクターです。次第に彼らが医学が飛躍的進歩を遂げた世界でどのような位置づけにあるのかが明らかになっていきます。
ユートピアの反対語はディストピア(dystopia)。何処にもない場所という意味のギリシャ語ベースの造語が理想郷で、その反対語ディストピアは暗黒郷。文学の世界も両方の特徴を併せ持った作品は多いのですが、どちらかにフォーカスを当てた作品はユートピア文学またはディストピア文学とされます。ディストピア文学の代表作は言わずと知れたG.オーウェルの1984年やO.ハックスレーの素晴らしい新世界など。言葉のラベルを比べれば、一方の世界は光り輝き、もう一方はただ暗く悲惨です。人間は生まれた日から死に向かって歩く旅人、という表現があります。これはまぎれも無い事実。しかし「私を離さないで」を観終わって、大切なことを思い出させてくれてありがとうという温かい気持ちで満たされました。本も読んでみたいです。
2010年9月24日金曜日
味噌汁の奥深さ
祖母から母へ、そして今、私の手元にあるこの本。
辻留の辻嘉一氏著、婦人画報社発行、題字は北大路魯山人。初版は昭和34年、手元にあるのは39年の41版。当時の人気本だった様子がうかがえます。
豆味噌、麦味噌、米味噌の違い、ブレンドの仕方、出汁の立役者鰹節や昆布のこと、実の切り方、なめらかな舌触りの出し方などなど、題名の通り味噌汁のすべてを網羅しています。味噌汁説法なる随筆集も読み応えがあります。漆のお椀も様々な時代の物が紹介されていています。漆といえば、アメリカ全土に生息するpoison ivy(ツタウルシ)にかぶれてしまったEさんから聞いた話。かぶれ成分は英語で、漆を語源とするUrushiol(ウルシオール)と言うそうです。そういえば、漆器の総称もjapanですよね。
味噌は昭和30年代でもすでに「ほとんどがアメリカ産の大豆に依存しています」と書かれていて驚きました。昔は農閑期を利用して12月頃から豊富にある新大豆を使って味噌作りがなされていたそうです。麹を作るにもいい気候条件で冬の間に大量に仕込みが行われ、田植えが始まると味噌作りの青年たちは田へ戻り、後に残った醸造家が家族だけで味噌を売るというビジネスモデル(笑)だったようです。塩と豆(麦、米)と麹で作られながら、ちゃんと味噌という味になる。時間がかかり効率は悪くとも、天然醸造味噌と速醸造味噌の味のちがいは天と地ほどと。美味しい味噌は水に溶けにくいそうです。
お味噌汁の実によせる思いと考察も奥深いです。巻末の「味噌汁の”み”の事典」には、豆腐だけでも、焼き豆腐、揚げ豆腐、摺り流し豆腐、団子豆腐、一夜凍り豆腐など9種が網羅され、材料のよしあしの見分け方も学べます。伝統的懐石料理に乗っ取った物ばかりでなく、ハムとトマトと牛乳なんて組み合わせもあります。
付録「朝の味噌汁献立暦」では、四季ならぬ「中秋から歳暮」「正月から晩春」「首夏から初秋」という三季に分けて180種類の組み合わせが網羅されています。それぞれの季節の枠には、こんな言葉が寄せられていました。
「味噌汁の美味は汁と’み’が渾然融和して、舌の上をなめらかに通るところにこそあります」
「一椀の味噌汁の中には、家族の健康としあわせを美味と共に盛りこみたいものであります」
「季節季節の味を一つのお椀の中に、豊淳な味噌の香りとともに入れる喜びを尊びましょう」
この本を開く度に、溶けにくい味噌というのを山椒の枝で作ったすりこぎでごりごり摺って、味噌汁を作りたくなります。
辻留の辻嘉一氏著、婦人画報社発行、題字は北大路魯山人。初版は昭和34年、手元にあるのは39年の41版。当時の人気本だった様子がうかがえます。
豆味噌、麦味噌、米味噌の違い、ブレンドの仕方、出汁の立役者鰹節や昆布のこと、実の切り方、なめらかな舌触りの出し方などなど、題名の通り味噌汁のすべてを網羅しています。味噌汁説法なる随筆集も読み応えがあります。漆のお椀も様々な時代の物が紹介されていています。漆といえば、アメリカ全土に生息するpoison ivy(ツタウルシ)にかぶれてしまったEさんから聞いた話。かぶれ成分は英語で、漆を語源とするUrushiol(ウルシオール)と言うそうです。そういえば、漆器の総称もjapanですよね。
味噌は昭和30年代でもすでに「ほとんどがアメリカ産の大豆に依存しています」と書かれていて驚きました。昔は農閑期を利用して12月頃から豊富にある新大豆を使って味噌作りがなされていたそうです。麹を作るにもいい気候条件で冬の間に大量に仕込みが行われ、田植えが始まると味噌作りの青年たちは田へ戻り、後に残った醸造家が家族だけで味噌を売るというビジネスモデル(笑)だったようです。塩と豆(麦、米)と麹で作られながら、ちゃんと味噌という味になる。時間がかかり効率は悪くとも、天然醸造味噌と速醸造味噌の味のちがいは天と地ほどと。美味しい味噌は水に溶けにくいそうです。
お味噌汁の実によせる思いと考察も奥深いです。巻末の「味噌汁の”み”の事典」には、豆腐だけでも、焼き豆腐、揚げ豆腐、摺り流し豆腐、団子豆腐、一夜凍り豆腐など9種が網羅され、材料のよしあしの見分け方も学べます。伝統的懐石料理に乗っ取った物ばかりでなく、ハムとトマトと牛乳なんて組み合わせもあります。
付録「朝の味噌汁献立暦」では、四季ならぬ「中秋から歳暮」「正月から晩春」「首夏から初秋」という三季に分けて180種類の組み合わせが網羅されています。それぞれの季節の枠には、こんな言葉が寄せられていました。
「味噌汁の美味は汁と’み’が渾然融和して、舌の上をなめらかに通るところにこそあります」
「一椀の味噌汁の中には、家族の健康としあわせを美味と共に盛りこみたいものであります」
「季節季節の味を一つのお椀の中に、豊淳な味噌の香りとともに入れる喜びを尊びましょう」
この本を開く度に、溶けにくい味噌というのを山椒の枝で作ったすりこぎでごりごり摺って、味噌汁を作りたくなります。
2010年9月10日金曜日
絵本について Part 3
絵本について思いを馳せていて、(財)東京こども図書館の存在を知りました。『みしのたくかにと』の作家松岡享子氏が、近所の子供を招くことから始めた図書館は、今は年間一万人以上が訪れる場所だそうです。今度帰ったらぜひ立ち寄ってみたいです。そういえばクレヨンハウスも昔はよく行きました。絵本というよりカフェが目的だったけど。
私は『日本お出かけ&お買い物手帳』というのを作っています。百円ショップで売っている、表紙にEngrish的なコピーがある小さなメモ帳に、次に帰った時に行きたいところ、会いたい人、見たいもの、読みたい本、欲しいものなど思いつき順に書き出します。着いたら予定表として持ち歩くので、その滞在で会えた人たち、行けたところや時々のマイブームの記録となります。
市川市東山魁夷記念館も訪れたい場所の一つ。東山画伯が戦後から逝去されるまで市川在住だったとは知りませんでした。
絵本に話を戻します。
この広い国アメリカで定番の絵本ってあるのでしょうか。近くの市立こども図書館の司書さんに聞いてみたところ、二つのリストをくれました。一つは隣町Mountain View Public Libraryのこども図書司書選出版。もう一つAmerican Library Associationが毎年選ぶCaldecott Medal Winnersの受賞作品リスト。前者は絵本を中心、後者は絵本や児童図書全般だそうです。
あえて絵本で一つ、定番中の定番をあげるとすれば?と聞いてみたら、答えは「Goodnigh Moon」でした。確かに子供のいる家に遊びにいくと必ずと言っていいほど、このレトロな色彩の絵本にお目にかかります。
作者であるMargaret Wise Brownは1952年に42歳の若さで亡くなりましたが、数多くのベストセラーを残しています。
暑い午後に訪れた子供図書館は、懐かしい匂いがして落ち着く場所でした。
私は『日本お出かけ&お買い物手帳』というのを作っています。百円ショップで売っている、表紙にEngrish的なコピーがある小さなメモ帳に、次に帰った時に行きたいところ、会いたい人、見たいもの、読みたい本、欲しいものなど思いつき順に書き出します。着いたら予定表として持ち歩くので、その滞在で会えた人たち、行けたところや時々のマイブームの記録となります。
市川市東山魁夷記念館も訪れたい場所の一つ。東山画伯が戦後から逝去されるまで市川在住だったとは知りませんでした。
絵本に話を戻します。
この広い国アメリカで定番の絵本ってあるのでしょうか。近くの市立こども図書館の司書さんに聞いてみたところ、二つのリストをくれました。一つは隣町Mountain View Public Libraryのこども図書司書選出版。もう一つAmerican Library Associationが毎年選ぶCaldecott Medal Winnersの受賞作品リスト。前者は絵本を中心、後者は絵本や児童図書全般だそうです。
あえて絵本で一つ、定番中の定番をあげるとすれば?と聞いてみたら、答えは「Goodnigh Moon」でした。確かに子供のいる家に遊びにいくと必ずと言っていいほど、このレトロな色彩の絵本にお目にかかります。
作者であるMargaret Wise Brownは1952年に42歳の若さで亡くなりましたが、数多くのベストセラーを残しています。
暑い午後に訪れた子供図書館は、懐かしい匂いがして落ち着く場所でした。
2010年8月18日水曜日
絵本について Part 2
子供の頃に出会った本の思い出はみなさんそれぞれだと思います。絵にとてつもなく惹かれたり、ストーリーにわくわく、ドキドキ、ハラハラしたり。
その後、『そらいろのたね』と『みしのたくかにと』も買いました。みしの...は逆に読むと『とにかく楽しみ』。何かわからない種を蒔いたおばさんが立てた札を見た王子様の話で、絵もほっとするあたたかさです。
振り返ってみると、お姫様ものやかわいいストーリーは印象薄。ディズニー全集も持っていましたが、お姫様ドレスなどには全く憧れませんでした。
小さい頃は自分のことを『僕』とのたまい、赤やピンクやスカートは絶対に身につけず、超ショートヘアで過ごしていました。今や好きな色はオレンジ、茶色、ピンクに白。少しは女性らしくなったと自己完結してます。
同じ本をよくも飽きもせず、眺め、興奮し、時に涙したものでした。
ランキングは難しいけれど、すぐ思いつくお気に入りはあります。
順不同ですけど、
かたあしだちょうのエルフ
そらいろのたね
みしのたくかにと(これはどっちかっていうと読み物かな〜?)
ももいろのきりん
点子ちゃんとアントン(これも読み物だけど挿絵がとっても印象的だった)
いやいやえん(これも読み物&絵本)
ちいさなおうち
長くつ下のピッピ
イソップ物語のアリとキリギリス
ごんぎつね
三びきのやぎのがらがらどん
エルマーとりゅう
おさるのジョージ
ムーミン全集
唯一オリジナルを持っているのはいやいやえん。
こちらでCurious GeorgeのCD付きセットも買いました。大学時代の友人もファンなので彼女にもプレゼント。このセットは子供連れの友人が遊びにきてくれると活躍します。その後、『そらいろのたね』と『みしのたくかにと』も買いました。みしの...は逆に読むと『とにかく楽しみ』。何かわからない種を蒔いたおばさんが立てた札を見た王子様の話で、絵もほっとするあたたかさです。
振り返ってみると、お姫様ものやかわいいストーリーは印象薄。ディズニー全集も持っていましたが、お姫様ドレスなどには全く憧れませんでした。
小さい頃は自分のことを『僕』とのたまい、赤やピンクやスカートは絶対に身につけず、超ショートヘアで過ごしていました。今や好きな色はオレンジ、茶色、ピンクに白。少しは女性らしくなったと自己完結してます。
2010年8月17日火曜日
絵本について Part 1
ひょんなタイミングで、昔大好きだった絵本を思い出しました。片足を食べられちゃうエルフという名のダチョウの話です。
ネット検索すると、名作絵本として数多くのエントリーで取り上げられていました。
題名は『かたあしだちょうのエルフ』。作家は小野木学(おのきがく)という日本人で、ストーリーはオリジナル。黄土色が多い木版画の挿絵からは、見たこともないアフリカの草原の埃っぽさを感じました。エルフは黒くはっきりとした紙切りされたような輪郭です。外国作家の本だと思っていたので意外でした。
子供を黒豹から守るために勇敢に戦ったエルフは、片足を食べられた後に子供が振り返ると大樹になっていて、末永くサバンナに住む人々にオアシスを提供します。
これほど惹かれたのはなぜだったのか。
ストーリーが紡ぐ強く美しい自己犠牲か。
はっきりした色合いの版画のインパクトか。
忘れられつつも樹になり人々を癒すというあこがれか。
今もこの絵本の存在が確認できたことに感謝します。小野木さんの生前の作品は練馬区立美術館にあるそうなので、今度ぜひ足を運んでみたいと思いました。
ネット検索すると、名作絵本として数多くのエントリーで取り上げられていました。
題名は『かたあしだちょうのエルフ』。作家は小野木学(おのきがく)という日本人で、ストーリーはオリジナル。黄土色が多い木版画の挿絵からは、見たこともないアフリカの草原の埃っぽさを感じました。エルフは黒くはっきりとした紙切りされたような輪郭です。外国作家の本だと思っていたので意外でした。
子供を黒豹から守るために勇敢に戦ったエルフは、片足を食べられた後に子供が振り返ると大樹になっていて、末永くサバンナに住む人々にオアシスを提供します。
これほど惹かれたのはなぜだったのか。
ストーリーが紡ぐ強く美しい自己犠牲か。
はっきりした色合いの版画のインパクトか。
忘れられつつも樹になり人々を癒すというあこがれか。
今もこの絵本の存在が確認できたことに感謝します。小野木さんの生前の作品は練馬区立美術館にあるそうなので、今度ぜひ足を運んでみたいと思いました。
2010年3月19日金曜日
眠りについて
体は本質的に必要な睡眠量を知っているのか。最近あらたな興味がわいています。
『断眠』という本で、著者の山田鷹夫氏は自ら短時間睡眠を実現しています。山田氏は『不食 - 人は食べなくても生きられる』という本でも、地震跡地の解体作業というハードな労働をこなしながら微食から不食を実行していて、眠りと食の関係についても書いています。『不食』の本には数年前に健康関連の本を通じて出会い、断食の効用は体験済みだったので興味を惹かれ手に取りました。ただトピックがトピックなだけにセンセーショナルに取り扱われるか、えせ哲学との反応が見られるだけのようです。
食欲も睡眠欲も人間の根本的な欲求ではあるけれど、三度の食事や8時間睡眠が生きていくために必ずなくてはならないものではないと思っていました。いつの時代からか食事の回数や睡眠の長さが決められ、健康維持には不可欠だといわれてきました。でもある程度の健康体であれば、自分の体が何をいつどのくらい必要としているか知っているように思います。
こんなことを考えるのも、今日は2時間しか寝ていないのにすっきりと目が覚めてしまったからです。目覚まし時計を使わずに起きたい時間には起きられるようになってしばらく経ちます。最近は『十分な眠りがとれたら目が覚めるように』と眠る前にとなえ、目が覚めた時点で起きるようにしています。
昔から『寝食を忘れて何かに打ち込む』といいます。子供なども夢中になるとおやつも食べずに遊んでいます。もちろん食べることは楽しいし、毎晩読書後にランプを切って暗闇で伸びをする気持ちよさは格別です。でも食べることや眠ることを時間を使う手段として使っていることもあります。やる気がなくて寝てしまう、退屈だからなにか食べてしまう。そんな限りなく日常にとけ込んだ行動について考えるきっかけをくれた本には感謝しています。
モノや情報があふれている現代で、『必要なもの』は何か。増え続けるモノについて考えていたところ、モノだけでなく日々の行動もある意味『〜であるべき、〜が標準』といった思い込みでデザインされてきた部分もあるのかもしれません。
もう一冊、友人に勧められて気に入った本でリズ ブルボー著『からだの声を聞きなさい』があります。フランス系カナダ人の著者は人が生まれてきた理由は魂が成長するためと述べ、固定観念を手放し選択の自由を持ちながら、具体的に成長していくヒントを書いています。
ともすれば、最短距離のハウツー本でゴールを達成しようとしがちでした。しかし必要なものはすべてそろっている。それにアクセスするには落ち着いた心で体や周り変化のメッセージを受け取ることなのかもしれません。
『断眠』という本で、著者の山田鷹夫氏は自ら短時間睡眠を実現しています。山田氏は『不食 - 人は食べなくても生きられる』という本でも、地震跡地の解体作業というハードな労働をこなしながら微食から不食を実行していて、眠りと食の関係についても書いています。『不食』の本には数年前に健康関連の本を通じて出会い、断食の効用は体験済みだったので興味を惹かれ手に取りました。ただトピックがトピックなだけにセンセーショナルに取り扱われるか、えせ哲学との反応が見られるだけのようです。
食欲も睡眠欲も人間の根本的な欲求ではあるけれど、三度の食事や8時間睡眠が生きていくために必ずなくてはならないものではないと思っていました。いつの時代からか食事の回数や睡眠の長さが決められ、健康維持には不可欠だといわれてきました。でもある程度の健康体であれば、自分の体が何をいつどのくらい必要としているか知っているように思います。
こんなことを考えるのも、今日は2時間しか寝ていないのにすっきりと目が覚めてしまったからです。目覚まし時計を使わずに起きたい時間には起きられるようになってしばらく経ちます。最近は『十分な眠りがとれたら目が覚めるように』と眠る前にとなえ、目が覚めた時点で起きるようにしています。
昔から『寝食を忘れて何かに打ち込む』といいます。子供なども夢中になるとおやつも食べずに遊んでいます。もちろん食べることは楽しいし、毎晩読書後にランプを切って暗闇で伸びをする気持ちよさは格別です。でも食べることや眠ることを時間を使う手段として使っていることもあります。やる気がなくて寝てしまう、退屈だからなにか食べてしまう。そんな限りなく日常にとけ込んだ行動について考えるきっかけをくれた本には感謝しています。
モノや情報があふれている現代で、『必要なもの』は何か。増え続けるモノについて考えていたところ、モノだけでなく日々の行動もある意味『〜であるべき、〜が標準』といった思い込みでデザインされてきた部分もあるのかもしれません。
もう一冊、友人に勧められて気に入った本でリズ ブルボー著『からだの声を聞きなさい』があります。フランス系カナダ人の著者は人が生まれてきた理由は魂が成長するためと述べ、固定観念を手放し選択の自由を持ちながら、具体的に成長していくヒントを書いています。
ともすれば、最短距離のハウツー本でゴールを達成しようとしがちでした。しかし必要なものはすべてそろっている。それにアクセスするには落ち着いた心で体や周り変化のメッセージを受け取ることなのかもしれません。
2009年6月17日水曜日
世界で一番価値のある560円
お金で買えるもの。モノ、情報、サービスなどなど。その時々によってほしいものも変わるし、手に入れたときの満足度もまちまち。でも、私にとっていつも満足を与えてくれるもの、それは本。古今東西、もう亡くなった人から自分よりすごく年下の人まで、すばらしい本を残し、今も書いてくれている。それぞれが自分の信じるところ、いいたいことを世界中とシェアしようとしてくれている。すばらしいことだと思う。
一番好きな映画は?食べ物は?色は?場所は?画家は?匂いは?花は?スポーツは?音楽は?俳優は?作曲家は?本は?あげればきりがない自分の中の一番。それでも私はあえて、本についていえば、マルクス・アウレーリウスの自省録をあげるだろう。121-180に生きたアウレーリウスはローマ皇帝で哲人。ローマの戦国時代に生きた彼は、ストアの教えに沿って日々を振り返り、自己の成長を死ぬまで続けた人だ。
”生きがいについて”、”こころの旅"、”人間をみつめて”など名著を残した神谷美恵子氏の名訳で、このような名著に触れることの幸福を心より感謝する。
一番好きな映画は?食べ物は?色は?場所は?画家は?匂いは?花は?スポーツは?音楽は?俳優は?作曲家は?本は?あげればきりがない自分の中の一番。それでも私はあえて、本についていえば、マルクス・アウレーリウスの自省録をあげるだろう。121-180に生きたアウレーリウスはローマ皇帝で哲人。ローマの戦国時代に生きた彼は、ストアの教えに沿って日々を振り返り、自己の成長を死ぬまで続けた人だ。
”生きがいについて”、”こころの旅"、”人間をみつめて”など名著を残した神谷美恵子氏の名訳で、このような名著に触れることの幸福を心より感謝する。
2009年3月6日金曜日
喫茶去
お茶を召し上がれ、というただそれだけの言葉。
きっさこ、と読むこのことばとは本の中で出会いました。
お茶好きの私として、とても気に入っている言葉です。
私は今まで、お茶を一緒に飲みたい人=話をしたい人(好きな人)と、無意識の内に位置づけていました。しかし、喫茶去とは、「嫌いな人にも一杯のお茶を差し出せる余裕」と紹介されています。儀式でもなく、健康やのどの渇きのためでもなく、ただ「さあ、お茶をどうぞ」というこころ。目指したい境地です。
茶の湯とはただ湯を沸かして茶を立てて飲むばかりなる本を知るべし 千利休
お薦め本:
書名: ほっとする禅語 70
著者: 渡會正純・石飛博光
発行所: 株式会社 二玄社
禅語はもとより、石飛博光さんの書に心が和む一冊です。
きっさこ、と読むこのことばとは本の中で出会いました。
お茶好きの私として、とても気に入っている言葉です。
私は今まで、お茶を一緒に飲みたい人=話をしたい人(好きな人)と、無意識の内に位置づけていました。しかし、喫茶去とは、「嫌いな人にも一杯のお茶を差し出せる余裕」と紹介されています。儀式でもなく、健康やのどの渇きのためでもなく、ただ「さあ、お茶をどうぞ」というこころ。目指したい境地です。
茶の湯とはただ湯を沸かして茶を立てて飲むばかりなる本を知るべし 千利休
お薦め本:
書名: ほっとする禅語 70
著者: 渡會正純・石飛博光
発行所: 株式会社 二玄社
禅語はもとより、石飛博光さんの書に心が和む一冊です。
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