2026年5月1日金曜日

庭と図書館

日本から戻って2週間。正直にいえば、日本での2か月の目まぐるしさや、思い通りに行かなかったことへの悔しさ、今後の不安が、まだ胸の中に生々しく残っています。

でも、そんな心の雑音を鎮めてくれたのは、日本でも一緒にお花見した友人との地元での再会でした。

突然やってきた小さな宇宙

彼女がUberで我が家に立ち寄ってくれた際、「近くの盆栽展をやってるみたい」と教えてくれた幸運。

  

一緒に出かけた盆栽展で、その圧倒的な存在感に魅了され、気づけば真柏、ザクロ、モミジを衝動買いしていました。

      

前から興味があって、庭の苔を育てたことがあります。木を育てるの初めて。近々、地元の盆栽クラブの集まりにも行ってみるつもりです。

呼吸を取り戻す時間

東京のハイペースな日々から戻ってきて、一番に感じたのは「空気」の違いでした。あれだけ人がいて車が走っている大都市・東京の空気は決して悪くないけれど、ここに戻ってきて感じる静けさと、透き通った空の色には、思わず「これこれ!」と深呼吸せずにはいられない。

この1週間は、そんな空気の中で庭のケアに没頭しました。

  • 土壌検査キットで土のpHや養分をチェックして、有機肥料で土を整える。
  • 元気がなかった桜やレモン、オレンジの木は、アーボリスト(樹木医)を呼んで、根への施肥や幹のケアを依頼する。

自分の手で土に触れ、枯れた枝を落とし、新芽にスプレーする。プロの知恵も借りて、長期のケアプランを作る。そうして木々と向き合っている間だけ、日本での「やり残した感」から解放されている自分がいました。

キケロの言葉

そんな時、図書館から届いたメールに、こんな言葉が記されていました。

"If you have a garden and a library, you have everything you need." - Cicero, Roman politician
(庭と図書館があれば、あなたに必要なものはすべて揃っている)

古代ローマの政治家・哲学者であるキケロの言葉。

この言葉を読んだ瞬間、ストンと腑に落ちました。
私が日本から戻って本能的に求めていたのは、自然を慈しみ、その傍らで本を読む時間。いや、本がなくても「やるべきこと」ではなくて「やりたいこと」や「心を満たしたいこと」を思う時間、つまり、自分の「内側」と「外側」の両方を耕すことだったのだと。

育むという最高の忍耐

日々膨らむ新芽、濃くなる緑。庭のケアはすぐに結果が出るものではありません。でも、だからこそ、「今ベストを尽くしている」と信じて待つしかない。忙しさの中で忘れていた「忍耐」を思い出させてくれます。

日本での経験も、きっとこの土壌のように、いつか時間をかけて私の糧になっていく。今は新しく迎えた盆栽と、再生を始めた庭の木々と共に、この場所で「必要なものはすべてある」と自分にリマインドしたいと思います。

2026年4月30日木曜日

ご無沙汰しています

放置してきたこのブログ、また書いてみることにしました。

テーマを絞ろうかとも思いましたが、過去の旅行について書いた下書きもあるし、まずは雑記・備忘録のまま続けます。

夫のがん発見から丸3年。この期間は記憶が鮮明に残っている部分と、ボケボケの部分で織りなされています。

その間、日本には3回戻りました。直近は1か月の予定を2か月に延ばして、二週間前に戻ってきたところ。奔走した日々を終えて、生活が元のリズムに戻り始めたところです。

2か月留守を守ってくれた夫に感謝。今年も綺麗に咲いた薔薇にも感謝。

ゆるゆる・ぼちぼち再開するので、またお付き合いいただけたら嬉しいです。

2024年6月21日金曜日

手術終わりました

 6月7日に無事、低位前方切除術を終え、6日間の入院を経て現在自宅療養中です。当日は朝5時半に病院着、7時半に手術室に送り出し、2時に回復室で迎えました。

当初退院は2-3日と言われて、そんなにすぐ?と驚きました。予定より延びたものの、普通食に切り替わった翌日にドレーンをつけたまま退院しました。家でも痛みや微熱を見守りつつ、救急行きは避けることができました。ロボット支援とはいえ手術後をしばらく落ち着かないのは想定内です。

最近は家の周りを散歩できるまでになり、ストーマケアにも慣れてきました。

切除したリンパ節にがんは見当たらず、今後は定期的な経過観察が続きます。遺伝子マーカーのテストも受ける予定です。検査で陽性となると統計状の再発率と期間がわかるそうです。。

退院後2週間は、看護師さんが週3日訪問してくれます。ダニーは一人でストーマケアができて褒められてました。運動療法士さんの訪問も受けたけれど、家の中で転倒の危険もなく、散歩もできている彼にはもう必要なしと判断されました。

幸い私たちの住むエリアは、朝晩は12℃前後、最高気温も25℃前後と過ごしやすい日が続いています。昼の日差しを避けて午前中や夕方に近所を散歩して、紫陽花や木に咲く花々を一緒に見ています。


ジャカランタやアナベルが咲き誇っています


しばらくは繊維質を避けた食事を少量ずつ摂り、お腹の傷をいたわっています。生野菜や果物(特に皮付き)はNGで、お皿が単色になりがちだけれど、吐き気もなく口から食べられるのはありがたいです。

先日は生杏をたくさんいただきました。コンポートやジャムにして、トースト、スムージーやヨーグルトと楽しんでいます。鮮やかなオレンジ色にもテンション上がります!

食べて消化して出す。この一連の流れは、生きることそのものなんだなとつくづく感じる今日この頃です。

2024年5月4日土曜日

今のこと

3週間欧州旅行に出ていて、また間が空いてしまいました。旅行記は徐々に書いていきます。

前回の記事、完全奏攻について。

これは化学・放射線治療に「完全に反応して腫瘍が消えた」ということでした。

旅行から戻って先週行った内視鏡病理検査で、まだがん細胞が残っていることがわかりました。

日時は未定ですが手術をすることになります。治療法を決めるときに話した外科医の先生をダニーは信頼していて、その先生にお願いします。

合併症や他の臓器への影響が気になるけれど、選択肢は手術のみ。もうひと頑張りしてもらいます。今は二人ともちょっと落ちてるけど、進むしかない!

2024年3月25日月曜日

腫瘍が消えた!完全奏攻 (CR)

今日の主治医との面談で、ダニーの Complete Response を確認できました!日本語では完全奏攻っていうらしい。完全寛解とも同じ意味なのかな。治癒ではないらしいけれど、治療の結果、がんの兆候がすべてなくな里ました。手術なしで経過観察に移ることができて、目的である臓器温存を達成することができました!

何度か危険なタイミングもありましたが、本人よく踏ん張りました。

先週末は、長年お付き合いのある友人の誕生日パーティでサンフランシスコへ。

強い風に流される分厚い雨雲は、時に前が見えなくなるほどの激しい雨を降らせていました。降ったり止んだりで、車中からも虹の断片が見えていました。

滞在先に着いたら、見事な虹!

Coit Tower の麓から綺麗に伸びる大きな虹に、心ウキウキ。夜のパーティも盛り上がって、ダニーも一年ぶりに楽しい夜を過ごしていました。

忘れないうちに、闘病者の家族としての気持ちを書いておこうと思います。

まず病気が分かった直後は、当然ながら不安で心が満たされます。命に関わるかもしれない病気に家族が罹ったのだから、不安になるのは当たり前。そして情報不足の中、長い治療が始まることも不安でした。でも考えてみれば未来に何が起こるかわからないのは、病気でなくても同じこと。知らないから不安であれば、情報を仕入れるなど、行動を起こそう!と気分を切り替えることができました。

辛い思いをしている家族に何をしてあげればいいかわからない。できれば代わってあげたい。こんな考えも頭に浮かんできます。自分が辛い方が楽だと思ったことさへあります。でもそんなことはできっこないのだし、一度治療法が決まれば、それに沿ってベストを尽くすだけ。それ以外のことで心労を増やして体力気力を消耗していた自分に、そんな時だからこそ、自分の時間を尊重すること、好きなことをやって罪悪感を感じる必要はないと伝えてあげたい。

湧き上がってくる怒りとの戦いも大変でした。どうしてもやりたかったこと、行きたかった場所、会いたかった人たち。待ち望んでいたイベント予定日が近づくにつれて、思い通りにならない悔しさは募りました。解体作業を任せてくれたら、どんなものでもすぐに破壊してあげる!なんて思ってた。冷静な自分と感情的な自分を静観している自分。三人の自分がそれぞれの言い分で1日を過ごしていて、最後は「まあこんなものだろう」と疲れ果てて終わる。そんな日々もありました。変に抑え込まないで適度にストレス発散してやり過ごしたのはよかったと思います。地下室で大声で歌ってみたり、ビールの空き缶を踏み潰したり、キッチンでひたすら料理をしたり、黙々と山を歩いたり。次に大切な予定が全部ダメになっても同じような消耗の仕方はしません。怒ってる時間がもったいないから。

自分に何ができるのか考えて、やれることはやる。これは別に闘病者の家族だからではなく、生きてる間これができれば、後悔とはある程度無縁でいられるのではないかと思いました。食べることも水を飲むことさへも苦しい人に、何を、少しでも美味しく、栄養も摂りながら食べてもらえるか。考えて工夫していくことはやりがいがありました。準備しても食べられない時もあります。一緒に辛い顔をしても仕方ないし、なら、これはどうだ!と挑戦意欲に切り替えることを覚えました。

人間の脳は、都合の悪いことは忘れるようにできているのかもしれませんね。辛かった日があったのは覚えているけれど、詳細は霧の中です。もう終わったことだし、それを乗り越えた自分達がいるから。あの時苦しんだのも自分、今晴れ晴れとしているのも自分。

一つ忘れないでいたいのは、自分ができること以上のことはできないということ。当たり前すぎることでも、渦中にいると、これが無理ならこっちで帳尻を合わせられるかも?といつも考えていたようです。例えば自分に厳しくすることで、いい運が彼に流れていってくれるような気がして禁欲的になるとか。彼の発病が自分のせいとは感じなかったけれど、同居者としてもっと早く気がつけなかったのか、もっとできることはなかったのかと自問自答もしていました。努力で変えられることとそうでないこと。それを見極めることができていなかったのかも。

辛い時こそ自分の味方になるべし。これは今回のことで痛感しました。

そしてたくさんの人たちのサポートに素直に感謝して、お願いできる心の余裕を持つこと。これも大切です。どうしても申し訳なさが先に立ってしまっていました。人と接するのが億劫になり、それでもいいと思っていた。そんな時でも近しい友人たちは何度となくヘルプを申し出てくれて、心から私たちを心配して助けてくれた。そのありがたさに支えられて今日があります。

明日は白紙。だからこれからも「いまここ」スピリットを忘れずに、人に優しく自分に優しく心安らかに過ごしていきたいものです。

2024年3月22日金曜日

2024年のお正月

そろそろ時間軸を揃えて、今年のお正月のことを。また気ままに昔の旅行記を書くかもしれませんが、今年のお正月、そして日本での3週間を振り返っていきます。

治療サイクルを終えたダニーは、三が日はおせち料理を食べられるまでになりました。

材料も一通り揃って、出来上がったおせちはこちら!

一の重:黒豆、ごまめ、栗きんとん、数の子、伊達巻、昆布巻き(野菜・身欠ニシン)、蒲鉾、紅白なます(庭で採れたゆず釜に入れて)

二の重:海老の旨煮、ベジタリアン松風焼き、鮭の幽庵焼き、鱈の西京焼き、イクラの醤油漬け

三の重:煮物 ごぼう、にんじん、里芋、椎茸、こんにゃく、蓮根、筍、さやいんげん、手鞠麩


黒豆も鉄玉を入れて煮ました。蒲鉾、数の子、こんにゃくは買ってきました。冷凍で買った蒲鉾は少し硬めになっていて、飾り切りが「日の出」(包丁を入れて左右に動かしながら朝日が昇る感じを出すシンプルなやつ)しかできなくて残念でした。

お重に詰めるのに毎回苦労します。朝は初日の出ウォークに出かけて、詰め終わったのは元日のお昼前でした。


お雑煮はシンプルに昆布と鰹出汁にしました。蒲鉾の飾り切りがあると華やかなのだけど、今回はひょうたんの型抜きでアクセントをプラス
ご近所さんにお裾分け

2日目からはお皿盛りで
時々おせち以外のものも。初めてラムを焼いてみました。オリーブオイル、塩胡椒、ニンニク、セージで焼いただけのやつ、結構美味しかったらしい。肉料理は焼くだけで楽ちんですね。
3日目はミニ鮭いくら丼がメインになるくらいに、おせち全般は片付きました。

作りすぎて余った昆布巻きは、けんちんうどんにしたりして全部美味しく食べました。

エビの旨煮の頭と殻は、ネギと生姜で出汁をとって、海老そばのスープに。


黒豆はアイスクリームにのせたり、きな粉と薄力粉を煮汁で混ぜたを蒸しパン。お芋餡を添えたら立派なデザート。蒸しパンは美味しくて煮汁多めでまた豆を煮て、何度もリピしました。

新年からフードロスゼロでいい感じ!
今年も無駄なく美味しく美しい栄養満点の食卓を目指します。

2024年3月21日木曜日

年末年始旅行記 2019-20 ⑭ Jan 5

ダブリンの朝。出発日も朝焼けが綺麗でした。

サンフランシスコまでの飛行時間は約11時間。逆ルートは約9時間と、日本への移動とほぼ同じです。
帰国ラッシュはとっくに過ぎていて、空港は静かでした。いつものラウンジで朝ギネス笑

そして出国審査・入国審査(ダブリンでは事前に米国への入国審査を受けることができます)後に、最後のドラフトギネスとサンドウィッチも恒例です。
また来年!と思って飛び立ったけれど、実際は丸2年里帰りできませんでした。みんな想像もしなかったよね。
のどかな景色、そして綺麗なHaloが雲に映る


シャスタ山が綺麗に見えました。

カリフォルニア沿岸が綺麗に見えてきました。

長いサンマテオブリッジを横切って、サンフランシスコ空港に着陸、とってもスムーズでした。風が強いと結構揺れるんです。


到着エリアが激混みだったのを覚えてる。呼んだ車がなかなか来なかったな。
ということで、2019年クリスマスから2020年新年にかけての里帰り・旅行記、4年越しに完結です。タイムスリップしてくださり (笑) ありがとうございました。