2026年5月4日月曜日

特別な意味を持った今回の帰国

2月中旬から2か月に渡った日本滞在の主目的は、実家じまいでした。

母を見送って12年。その後、実家で一人暮らしを続けていた叔父も、昨年11月に亡くなりました。誰もいない家に戻るのは初めて。日々色々な思いが浮かんできました。

明け方はアメリカとの連絡、昼間は手続関係の用事、夜は家の中の片付け。キッチンに山ほどあった缶詰をひたすら開けて、生ゴミと不燃ゴミに分けたり、母の遺品で思わぬものが見つかったり、置き土産のように、最高に美味しい梅酒(20年もの!)が床下から出てきたりと、嬉しい発見もありました。

役所への申請書類を揃えるのにも苦労しました。兄弟間相続だったため、被相続人の祖父母の除籍から証明する必要がありました。区役所の窓口で、作って行った家系図と照らし合わせながら、3時間弱立ちっぱなしで、やっと請求できました。
専門家の無料相談を利用しながら自分で書類を作り、出発2日前に申請を終えられたことは今回の1番の収穫でした。

「終活」を、自分事として見つめる

今回の片付けと手続きを通して、自分自身の「終活」もそう遠くないことなのだと、改めて突きつけられた気がしています。

特に痛感したのは、片付けには体力はもちろん、凄まじい「気力」が必要だということです。何を捨て、何を残すのか。その一つひとつが過去と向き合う決断の連続でした。それだけでなく、税金や法律といった普段は意識せずに過ごしている分野を理解し、社会のルールに沿って期限内に動かなければならない。これは年齢に関係なく、本当に大変なことだと身に染みました。「今のうちに準備を」と頭では分かっていても、いざ行動に移すのは、やはり一筋縄ではいきません。

振り返れば、ここは戦後、祖父母が家族を育んだ場所。母を含む6人の兄弟妹、そして10人の従兄弟が集まったこともある家。 それぞれに事情があり、私も海外に出てしまった今、手放すしかありません。 もう先に進むしかない。

拠点をなくす心もとなさを抱えつつも、今回の経験を糧に、これからの自分自身の「身軽な生き方」についても、少しずつ考えていければと思っています。

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