2014年1月16日木曜日

フルーツフィッシュ?

柑橘類の果物を餌に混ぜて養殖した魚、その名もフルーツさかなが人気を呼んでいるそうです。魚の需要が高まっている東南アジア向けに売り込み強化中途のこと。

魚肉の変色を押さえる技術から始まり、生臭さを押さえるとともにほのかにフルーツの香りがするまでに育つ魚たち。使われる柑橘類はみかん、柚子、カボス、スダチ、レモン、そしてオリーブやハーブ、葡萄を混ぜることもあるとか。

元々魚は柑橘類を食べないので、消化不良を起こさず、なおかつ味が身に残るように餌に混ぜる割合を決めるそうです。

みかん鯛にブリ、かぼすヒラメ、オリーブハマチなどなど。名前だけ聞くと薬味いらずのお刺身プラターが目に浮かびます。ハマチはカルパッチョなどでオリーブオイルとあわせることもあるし、みかんやカボスはポン酢系。いろいろなアイデアがあるものです。

2014年1月15日水曜日

節水努力

続く晴れ日により、地面の乾燥度が観測史上最悪となったカリフォルニア州。統計的に雨量が多いのは1月から4月なので、時期尚早という見方もあるなか、郡単位で干ばつ宣告が発令され始めました。歴史的に南部の水不足は度々深刻でしたが、州全体でこの状態になるのは初めてだそう。

意識するだけで節水はできる。個人的にできることを続けます。

話は変わるけど「あなたを怖がらせる人に出会ったら、その人も65%は水と思いなさい」とは、ある詩の一文。確かに誰でも水に生かされているんですよね。水3リットルは飲んでるプチ断食中、水への有り難さを痛感しています。

2014年1月14日火曜日

縛ったらあかん

一人の時に恒例となった自分流ファスティング。食べ過ぎがよくないのはわかっていても、体は「食べる」という習慣に慣れきっている。生きるためというより、娯楽、社交、はたまた暇つぶしに食べている方がずっと多い。

台所好きと貧乏性が兼ね合えば、食材のムダは心の苦しみ。時間があれば料理がしたい人間としては、ファスティングの敵は食欲だけではありません。。。

先日バドミントンのやりすぎて肘を痛めてしまったので、今日作るはずだったお弁当はキャンセルせざるを得ませんでした。買い出しにも行かなかったので、買い置き食材も少しずつ減っている。少食スタイルを体に覚えてもらう絶好のチャンス!

3~4日の絶食は実行したことがあります。体重も2~3キロは直ぐ落ちます。でも今回は年末年始で大きくなった胃を小さくするのが目的。そして基本に戻ること。

今日はいつもの12キロハイクを2時間20分で終了。
昼過ぎだったのに、鹿の親子が二組のんびり草を食んでいました。
気温は23度まで上がり、気持ちよい風がふいて最高!
途中空腹感はあったけれど、肝臓ががんがん蓄えた脂肪を糖にしてくれているイメージを抱きながら歩いていたら、いつの間にか忘れてました。
池のほとりでのんびりしてたら、この子がよって来て何か話したそうにしてた(笑)。たま潜る時は「えいやっ」っと首を突っ込み、お尻を高く上げて力はいってるのに、浮かんでくる時はこの姿勢のまま「ぷかっ」浮かんでくるんです。確かに力を抜けば浮いてきちゃうよなあ、と妙に納得。こっちも力が抜けて癒されました。
暖かい夕陽に包まれて鳥の声と風の音につつまれる。のんびりしたなあと目を開けたら10分しか経ってなくて驚き。ここ数年でいちばん贅沢な10分でした。
アボガドがもう限界だったので、同じく熟した梨とキウイと豆乳でスムージーに。食べなくても大丈夫だったけれど、食材をムダにする方がストレスになるから。

断食中はモラルサポートが大事です。当然レシピ本やブログなんて読めない。こういう時こそ断食療法を勧める人たちの本を読む、映像を見る。もう一度自分の経験から、健康について考えてみる。

数年前に亡くなった甲田光雄先生の体験談。明日から絶対甘いものをやめようと思っても一週間もたてばつい食べてしまう。じゃあ正月から始める、誕生日からにしよ、と思っても続かない。ノートなんかに書いたってと部屋の柱に彫った。それでもダメでもっと太い柱に彫った。部屋中の柱が傷だらけになってもだめだった。そこでわかったことは、縛ったらあかん。食欲という人間の本能をむやみに縛るようなことはやったらあかんと。そこから少食の考えに至ります。少食とは命を大事にいただく、自分の分相応だけいただくということ。

やっぱりそこが原点ですよね。「しちゃダメ」はつらい。でも「必要な分だけいただく」なら、過食に慣れた体にはつらくても心は納得してくれる。心に味方してもらえなければ体はついてこれない。

たくさんの情報の中から自分に合うもの選んで、今月一杯少食を目指します。

2014年1月12日日曜日

ひとりの時間

全米を寒波が吹き荒れる中、お見舞いのメールを日本の友人たちからもらっています。どうもありがとう。幸いこの辺りは、雨不足が気になるくらいよいお天気続きです。

昨日ダニーがダブリンへ発ちました。戻りは29日夜。今年もママのスペイン旅行に同行します。

To do listの項目もたくさんあるけれど、目指したいのは貯められないこの「ひとりの時間」をていねいに過ごすこと。

過食気味であったホリデー明けの体重は変化なし。それでも胃腸を休めるためにプチ断食をします。今日はお昼に少々のおかずとご飯一杯。夜はスムージーとお茶のみです。バドミントンコートで3時間汗流し、祭日を楽しむ日本の友人や家族と電話で話す。

いい一日でした。皆さんの一日もそうでありましたように。

2014年1月10日金曜日

世界遺産をいただく

先日ラジオのニュースで、和食が無形文化遺産に登録されたと聞きました。

食材や器に溢れる彩りや季節感、お客を迎える部屋のしつらえなどおもてなしのこころ、健康的でバランスに優れた食材を活かす料理方法、そして年中行事と食との密接な関わりにより、和食を中心とした食文化が文化遺産として認められたということだそう。

お正月にお餅をつきお雑煮を食べたり、お屠蘇やお茶で邪気払いや無病息災を願い、お節料理を家族で囲む。お正月だけでなく、季節ごとのお節句も食との関係は深いし、カリフォルニアにすっぽり入ってしまう国土内でも地域性が濃い。

鰹節と昆布で出汁をひくまでほんの数分だけど、両方ともお鍋に入るまでに手間と時間がかけられています。事前の仕事により、生ものから日持ちする旨み一杯の素材になり、出しがらになっても食べられる。この和食の「あたりまえ」を説明するとみんなが驚きます。

誰もがほぼ毎日経験することだからこそ、食べることを大切にしたい。食べることに気を配れれば、作ることも、作ってくれる人へも、食べてくれる人へも、材料を届けてくれるシステムにも、素材を育ててくれる自然にも感謝できる。

ご飯の炊ける香りにつつまれながら「いただきます」と「ごちそうさま」が日常にある日本に生まれ育ったことへ感謝した朝でした。

2014年1月7日火曜日

Ireland 2013 - Day 15 DUB-ORD-SFO

2013年アイルランド旅行記、移動日の12/30(月)で最後のエントリーとします。

前夜は大満足のディナーの後家に戻り、居間で三人で寛ぎました。ダニーはまた1/11から28までママとスペイン旅行が待っています。

フライトは午前11時半、今回はシカゴ経由でサンフランシスコに戻ります。ママと一緒に作った帽子もチョコレートの空き缶にきれいに収まり手荷物ケースにいれました。ママ<又来年お会いしましょう、スペイン旅行楽しんできてください。

道路はがら空き、レンタカーも空港で返却し、アメリカ入国手続きもダブリンで行えます。オフィサーは海兵隊で御殿場に駐屯していたことがあるというおしゃべり好きな人でした。フライトも問題なかったけれど、やっぱりシカゴ経由は遠い。。。結局家に帰り着いたのは、大晦日に日付が変わってからでした。

長かったようであっという間だった2週間。家族と過ごす時間の他に、初めての場所にも足を運べたし、観劇や博物館で過ごした時間も有意義でした。どんどん大きくなる甥姪の姿に時の流れを感じながら、5千年前の遺跡を訪れる。地球の歴史からいったら人の一生はほんの一瞬、だからこそ一緒に過ごせる時間は貴重です。これは家族や友人といった近しい人たちだけでなく、この時代に生きる全ての人とのご縁にもいえること。年末年始にきちんとしたご挨拶ができることは少ないですが、無事に家に戻り、この世に生を受けたことに感謝し世界平和を願いながら眠りについた大晦日でした。

いつもながら雑文におつきあいくださり有り難うございました。

2014年1月6日月曜日

Ireland 2013 - Day 14 更新版 ダブリン最終日

変則的なポスティングとなりましたが、ダブリンで過ごす最後の日となりました。いくつかの写真も追加して再度更新しました。

29日(日)、2週間の滞在も最後の日を迎えました。この日も朝から快晴。山歩きに行きました。20分も車を走らせれば登山口に着きます。目指すはFairy Castleという山頂。11歳の甥っ子がとてもきれいなところだよと教えてくれました。

先日は時速70kmの暴風が吹きすさび時間もなかったので断念ました。当日は風もなく、気温は低く足下に氷は張っていたけれど、歩けば汗ばんでくるほどでした。





 遠くに見えるのはシュガーローフと呼ばれる山
フェアリーキャッスル到着
山側と海側両方がみえる絶景ポイントで去り行く2013年に感謝

下りは氷が溶け出した地面が滑りやすく緊張しました。無事に転ばず車までたどり着けてほっと一息。

夜は長兄夫妻の家に夕食に招かれていますが、その前に今回のメインイベントの一つが残っています。

それはエイリーン先生による帽子作り基礎編プライベートレッスン!ダニーママはアイルランド大統領夫人から注文も受けたこともある帽子デザイナーなんです。


最近までアカデミーで教鞭をとっていて、教え子の多くも独立して各地で賞を受賞したりしている業界人です。今も知り合いからのみ注文を受けていて、2月始めに結婚式用にと頼まれた帽子を作っていました。
前もコレクションを見せてもらった事がありましたが、それはすてきなものばかり。ブログに載せたはずなんだけれどポストが見つからないので、また一部の写真をのせます。



今回ダメもとで帽子の作り方を教えてくれますか?と頼んだら、答えはもちろん!とのこと。嬉しい!時間がないから簡単なものね、と言われていて機会を待っていました。すると最終日前日に「忘れた訳じゃないのよ、いろいろばたばたしていたから。でも作ってみましょう」と。

素材はいろいろありますがフェルト帽子の基本を教えてもらいました。まずどんな型にするかを決めます。今回は時間がないのでシンプルな型を選びました。つばを付ければ男性用にもなる型です。フェルトはロンドンから取り寄せたもの。

そしてフェルトをスチーマーで温めて、木型にならすように延ばして行きます。
ピンで留めながら形を整え、必要であれば更に蒸気を当てて延ばします。
余計な生地をカッターで切りとり、後に飾りを作るためにとっておきます。
木型から外す時に型が崩れないよう、キツくしすぎないように気をつけながら仮縫いをします。
縫い目を隠し帽子がうまくかぶれるように縫い付けるリボンをアイロンでカーブをつけながら伸ばします。
それを内側に沿うように縫い付けて、余計なフェルトを切り取って本体を整えます。
残った生地でリボン型や花、葉の形など好みのデコレーションを作って縫い付けて、型くずれしないようにスプレーで補強してできあがり。

途中弟夫妻が子供たちを連れて遊びにきてくれたので、仕上げは翌朝となりました。デコレーションはこれから。どんな形にしようか楽しみです。

初めての帽子作り、かなり腕力が必要だと思いました。フェルトはしっかりした生地なので、スチームをかけて延ばすのに力がいります。型からずれないように押さえながら生地を延ばしていくのは職人芸。ママもどれだけあと二本腕が欲しいと思ったことか、と話してくれました。

そうこうしているうちに長兄宅へ行く時間になりました。彼らは料理好きで知られていて、どんなディナーになるか楽しみに出かけました。クリスマス以外に会うのは私たちの結婚式以来です。兄は建築家で美術や音楽に精通しています。オペラファンでワグナー生誕200年の今年、バレンボイム指揮の「ニーベルング指輪」観た話や、現在手がけているデザインの話はとても興味深かったです。プログラムは立派な本で、日本語でもあらすじが載っていました。「指輪」は数年前サンフランシスコオペラでも通して上演されましたが、なんせ長いしよく知らないので敬遠していました。今度じっくりCDから聴いてみようかな。奥さんは今は専業主婦でお家を切り盛りしています。22歳になる姪は法律を学ぶ大学生。ピアノ教諭の資格も持っていて、プライベートで子供から大人まで教えています。18歳になったばかりの甥はスポーツも勉学もソツなくこなす礼儀正しい男の子。身内を褒めるのもなんですが絵に描いたようなすてきな家族で、ダニーママはさぞ誇らしいと思います。甥姪たちは、私たちが作っている料理をフェイスブックで見た興味を持ってくれていて、話はつきません。
前菜はスティルトンのスフレ。
これはブルーチーズ嫌いのダニーも美味しいと唸った一品。
赤白どちらのワインにもよく合いました。

メインは程よく火が通ったサーモンのグリル、バジルクリームソース添え。そしてふわふわのマッシュポテトが素晴らしかった。
更に驚いたのはデザート。チーズの後に出てきたのはあまりに美味しすぎて写真を撮るのを忘れてしまったルラード(フランス語でロールケーキ)。薄めのほろ苦ココアのスポンジで甘さ非常に控えめの上質の生クリームをたっぷり巻いたケーキがすばらしかった!

そしてこちらはほろほろと口の中で崩れるクッキー。こちらもフランス語の名前がついていたが忘れてしまった。お腹いっぱいだったのにどちらのデザートもおかわりしてしまいました。2週間の滞在を締めくくる一日は忘れられない素晴らしい一日となりました。

2014年1月5日日曜日

Ireland 2013 - Day 8 遺跡廻り

12/23(月)。Newgrangeに行ってきました。Newgrangeはピラミット以前の紀元前3000年に建てられたとされる墳丘墓。ブルー ナ ボーニャ地域には40カ所の古墳が残っていて、世界遺産に登録されています。

ある人から遺跡の内部は非公開と聞いて、天気のいい日に外観だけでも見に行こうと話していたところ、冬至前後数日は内部が公開されているらしい。では行こう!と奮起して7時前に家を出ました。正しくはいつでもガイドツアーで内部を見学できるのですが、定員に達したら見られない可能性あり、そして通常は9時開場なので日の出には間に合わないというのが正しい情報。抽選に当たった人たちのみが、この時期の日の出前に墓室に入ることができます。ちなみに応募者は世界各国から2万9千人強。それ以外でも先着順に通常のツアーとは別に早い時間に墓室に入れてもらえるのでそれを狙った私たち。
ビジターセンターには7:40 am着。まだ辺りは真っ暗です。雨降る中、暗くて狭い田舎道を走り無事に着いてほっとしました。今回は携帯用WiFi hotspotを借りてナビも万全。便利になりましたね。
バス乗り場には橋を渡って行きます。
カフェでサービスされていたコーヒーとクッキーをいただき、8:15に史跡へのバス乗り場へ。小型バスに揺られ、未だ薄暗い8時半には到着。遺跡へのアクセスはこのルートのみです。蒼と緑に囲まれた大きな遺跡は威厳がありました。
装飾を施された有名な入り口石を初め、こんなに大きな石をまあどこから運んできたのだか。



2013年の冬至の夜明けと翌日22日は6年ぶりに、通路を通して墓室に朝陽が差し込んだそう。しかし23日はあいにく朝から☂。
途中雨脚が弱まったものの、外で待っている間に強い横殴りの雨となりました。抽選に当たった人たちが墓石に続く通路に消えたのは8:40頃。
日の出は8:54でしたが厚い雲が空を覆っていました。なかなか内部の人たちが出てこず、私たち当日組は40分は待ったでしょうか。傘がおちょこになるほど強い風だったので長く感じた。。。
いよいよ中へ。通路はご覧の通り、やっと大人一人が通れる幅、高さは低いのでかがまないと頭をぶつけます。十字形の墓室の前のこじんまりした円形広場に14人くらいが入りました。
墓室の天井
ガイドさんが冬至の朝の模様を人口の光で再現して説明してくれます。実際の日光が石たらいを照らしたら、さぞ荘厳な感じがしたのでしょうね。
 墓室内部の装飾、トリプルスパイラル
 右下に青っぽくみえるのが外。
大勢でお邪魔してすみません。。。と思わなくもありませんが貴重な体験でした。
上は冬至朝にパッセージに陽が差し込む様子(絵はがきより)。
外に出れば雨は小降りになったけれど、未だ厚い雲に覆われています。
ビジターセンターに戻り展示を見学し、来年の抽選にも応募。当たったらまた来てみたいなあ。
雨脚は弱まってきたので、近くの歴史ある町、Slaneまで足を伸ばしました。
見晴らしのよさそうな坂道を登ってみたら、Slane Abbeyの荘厳な姿に目を奪われました。もっとゆっくりしていたかったけれど、ダニーが私が落ちやしないかとヒヤヒヤしているので直ぐおりました。確かに風はかなり強かったけど。
16世紀に再建された修道院と隣接した学び舎は17世紀には廃墟となったそうです。
タワーの石段も立派でしっかりしていて、登ってみたら広がる景色に目を奪われました。


ダブリン南部に戻り、自称「アイルランドで一番高地にあるパブ」Johnny Fox'sでランチ。
2008年に弟の奥さんにつれてきてもらいましたがあれから5年とは!ここはシーフードが有名で食事もおいしく、雰囲気も抜群です。ダニーはムール貝、私はシーフードチャウダー、そしてフィッシュパイをシェア。

ここのチャウダーはちょっとコーンチャウダーを思わせるような懐かしい味でした。魚も申し分なし。フィッシュパイも優しいホワイトソースがしつこすぎずお腹を温めてくれました。運転の私はギネス半分、残りはダニーに託して無事家に着きました。
今日こそ夜は家で作らなくちゃだから、デザートスキップしようかと思いつつ、ボノフィの誘惑に負けたけど頼んで正解!サイズも小さめだったし、ここのはマスカルポーネチーズをふんだんに使ったちょっと洒落たお味でした。
夜はサーモンミルクピラフ。家から短粒米を5合持ってきて、4合分でピラフを作りました。
鮭を醤油と白ワインにつけてから焼き、別に蒸し焼きにしたマッシュルームと煮汁にスープ、牛乳、パセリを加えて炒めたお米を炊き込みます。
仕上げにもパセリを。これはママお気に入りの一品。お焦げも美味しく食べました。やっぱりお米は落ち着く。地元スーパーでは長粒米しか売っていなかったので、お米を運んだ甲斐ありでした。残り一合はお茶漬けとして、クリスマスのごちそうの合間に私の胃を休めてくれました。