2014年6月23日月曜日

一番辛く贅沢なとき

母が末期の肺がんと知ったときの驚きと悲しみ。それはやがて恐れ、怒り、いらだち、無力感や罪悪感に変わりました。

今思えば、一週間ほど前でしょうか。かちっと音を立てて何かが切り替わったかのように、いろんな感情が消えた瞬間がありました。今まで感じていたのはあくまでも”私”主体であったことに気がついて、その線引きが消えたというか。うまく言えないんですが、溢れる存在感を持っていた悲しみといらだちがおさまり、心のざわつきが消えたのです。それまでは焦っても怒ってもいい事ないと努力しても消えなかった感情なのに。

母は私がいらだったり悲しんだりするのは一番見たくない、それがすとんと腑に落ちて、感情がリセットされたのか。自我が消滅したなんてことはありえないけれど、そういった瞬間が訪れたんだと今は感じます。明日や昨日や一ヶ月前や先を憂うことなく、一年前に母たちが遊びにきてくれたことを懐かしみながら、今年の夏はアイルランドにダニー家族を訪れるはずだったのにと歯ぎしりすることもない。”たら、れば”からの解放!

そんな日がずっと続けば聖人君主なんでしょうけれど、そうはいきません。でもそういう心境になる時間は日々の中で増えている気がします。

母との時間だけを大切にすればいいというのはなんて贅沢なことなんでしょう。気が多い私は、今までも優先順位をつけるのに頭を悩ましていました。やりたいことがありすぎて、睡眠時間や近しい人との時間が犠牲になるのは当たり前。日本帰国時の予定は分刻みで、母との時間もしっかりは取れていませんでした。それが今は全ての人たちや環境が母との時間を優先するようすすめてくれる。

たまに行く銭湯を除いて、私のプライベートの時間はありません。というか自由になる時間があれば、私は母のそばにいたい。どこかしらをマッサージしたり手を当てたり、窓の外を一緒に眺めたり。話したいことや聞きたいことは沢山あるけれど、無口な母と交わす言葉は決して多くありません。それでもただ同じ空間を共有して、病院の忙しいスケジュールをこなせば、一日はあっという間に過ぎて行きます。

見舞いに来る親族と話す、母が寝た後にこうやってブログを書く、ダニーとの交信や友人たちとのメールのやり取りが外界との大切なつながりです。これだけの限られた世界で母を一番に考える事ができるなんて。物事にはいつも二つの側面がある。今の日々はまさにそれを体感させてくれる不思議な時間&空間です。

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