一昨日は夜半から大雨。昨日も10月初旬の肌寒さだったのに比べ、今日は又蝉が泣く残暑日となりました。出かける予定満載だったので助かった。
節目の日々、いや、私は時間単位でも母のことを強く思い出してしまいます。
午前10時から11時、最後に一番辛かった時間。朝のその頃はかならず。
2日という日もしばらくは特別な重みを持ってしまうのでしょう。
わすれないことと執着すること。この境界線はどこなのでしょうか。時間やそれぞれの出来事がきっかけといえども、その都度強くゆさぶられるのは執着しているから?安らかに旅立って現実世界から解放された魂を喜んであげられないのは、こちらの都合だけ考えるわがままだから?
忙しい一日でした。切羽詰まって一度はキャンセルした友人とのランチは実行してよかった!
食後の散歩に上った都庁の展望台は雲の方が地上より近いくらい。
いつ上ってもメガロポリス東京には息をのみますね。
その後予定通り二つの役所を回りました。一つは手続き完了、一つは事前ヒアリングなのでこれから勉強することが増えました。ひとつづつ、といっているうちにアメリカに戻るまであと2週間を切りました。
帰りのバスで私の隣に座ろうとしたおばあちゃまに手をさしのべたらそこから話が始まり、86歳のふくよかなおばあちゃんにちょっと母の面影を感じたり。母もバスなんかでこうやって隣の人と話したりしたのかな。母は私が思っていたよりもっとずっと話し上手で話し好きだったと聞いています。
昨日も母の友人お二人が訪ねてくださり、楽しい時間を過ごしました。三人で出かけていた数々の場所に行く時は母を思い出して下さるそうで嬉しいです。
帰宅してからのどが痛くて痛くて。明日も朝から用事があるので葛根湯を飲んで母を送る会にかけたCDを聴きながら今日はもう寝ます。ケータイによると今日は5.7kmを11580歩で歩行し237kcalを消費したそうです。カロリーはちょっと少ないぞ?
わすれないことと執着の境界線かぁ。ちょっと考えてみます。あと3週間ちょっとで会えるね。
返信削除えみこさん、うん、会えるのが待ち遠しいです。
削除考えてみてね。まだ2ヶ月だから当たり前だと思うし、執着となるとやめようと思ってもやめられない。そうではないのよね、今は。自然体でいいかと思う反面、境目が気になりました。