2014年7月25日金曜日

おかげさまで戻ってきた食欲

火曜日は帰国後初めての夜の外出。26年来の友人と会いました。この話は又書きます。

昨晩は兄がディナーに招待してくれました。彼とだけは一つ屋根の下に暮らした経験があります。父が母を迎えたとき彼は高校受験生。結婚前に母が初めて家に招かれたとき、勉強で忙しい兄が学校から帰るなり掃除機をかけ始めた姿に涙をこらえたと話していました。そうだったか?と苦笑いする兄。

数回目に病室で見た私の顔色があまりにも土気色だったので一段落ついたらうまいものを食いに行こうと。そしてごちそうになったのはかにしゃぶ、

 
 亡きO氏大好物だったアワビと胡瓜の和え物。お盆明けだけど一緒に食べてた?
食べたいものがないちぐはぐ感は、旬の食材を使ったプレゼンテーションが美しいお料理に、最高の日本酒に吹き飛ばされました。 
 鱧の押し寿司 夏ですねえ。銀だらの西京焼きは柔らかくて美味でした。
かにはもちろんのことお酒も美味しゅうございました
 
 
一番年が近い兄でも私が物心ついたときには大学生。夜が遅いのであまり会う機会はありませんでしたが、思い出は結構あります。

あるとき、兄はに幼稚園に上がる前の私を乗せたオートバイを押していて停められました。兄妹と見えず職務質問で独身と聞いて不信感も高まったところ、あいにく免許不携帯。長いひげを生やした制服のお巡りさんが何とも恐ろしく、待っている間の時間はそれは長く感じられました。兄にこのことは秘密にしろと約束させられた私は、ある朝テレビで童謡「犬のお巡りさん」を見て大泣きします。母の代わりに面倒を見てくれていた伯母に問いただされ、がんばったつもりが結局口を割ってしまいました。兄は裏切り行為だといい、私は人生初のトラウマと意見は分かれるところですが。

国家公務員として多忙を極めた兄は周りが驚くほど早くに現役を退きました。思い出に残ったことを聞いてみたけれど、今になってふと浮かんでは笑みする思い出は、全て家族との何気ないことだとか。豊富な経験から仕事でつながった人達とのエピソードもかなりなものと思っていたので意外でした。小中学校時代や大学時代の友人とのいくつかのグループとはまだ会っているそうです。

86歳の誕生日に亡くなった父の話も聞けました。私が30になるまで生きてくれたのに、素直に話を聞く態度が足りなかったと後悔しても遅いけれど。軍人だった父の厳しいしつけの洗礼を受けた兄姉。私にとっても父は厳しい人でしたがその比ではなかったらしい。全員性格は違うけれど、この70億人以上住む世界で半分血がつながっていると言うことは単純にすごいこと。家族だからいろいろある。いろいろあるから家族になった。両方いえることだと思いながら、亡父母を中心に広がる縁に今一度深く感謝しました。

2 件のコメント:

  1. 笑!幼稚園前の子供に裏切り行為と思う大学生。でも妹をバイクに乗せてどこかに一緒にいくってやさしいな。

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    1. いや〜、バイクを修理に出しにいって直せませんと言われて仏頂面で家に戻る途中だったみたいよ。今でも兄をからかう絶好の材料(笑)です。

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