2014年7月29日火曜日

何事も

あわてずに。相次いで起きる出来事から受け取るメッセージはひとつ。一息ついていればよりよい方法があったなあと思わされることばかりです。

疲れがたまり、余裕がないときこそ慌てないことが大切なのに、この所ずっと慌てていました。慌てるくせにやる気が出なくて空回りそして余計落ち込む。そんな負の連鎖から抜け出せずにいたようです。

母の納骨は勢いで 8/10に決めたのですが、ゆっくり調整して8/17の仏滅にすればよかった。そうすればより四十九日に近かったし、お盆の混んだ週に九州の親戚を訪ねて迷惑かけることもなかったなあとか。無駄足を踏んだ手続き関連も考えればもっと効率的にできた。慌てたばっかりにどれだけ自分のエネルギーが漏電していたこと。この慌ては全部一人でやらなくてはと孤立した考えから出てきたのか。でも正直いえば孤独で不安。

その結果今燃え尽きています。きちんと母の死を悼む時間もなく追われるままに任せていた代償。たまの気分転換や周囲からの励ましでやる気を奮い立たせていたけれど、一時の高揚が過ぎれば余計に気分が沈んでいた。

変則的な弔いの仕方だから、納骨の日付などで母の魂が迷うわけではない。今のエネルギー不足を補って元気でいることが母への供養なのに、無気力とかなしみを持て余すばかり。

とにかくひとつづつ片付けるしかない。時間は贅沢すぎるほどあるでしょ、普通は家庭や仕事もこなしながらやるんだよ、あんたは自分一人の日常さへもてあましているの?と、理性は淡々と語る。前は、そうその通り、だけどこれでもやるだけやってるさ、と反論できたのに今は全面白旗です。

今あわてるのをやめるということは、このモヤモヤから自力で抜け出せないうちは無理をしないことなのか。「現実逃避の理由付けなんじゃないの?」という理性の声も聞こえます。でも濁った水をかき混ぜたっていいことない。

と、ここまで書いて慌てるって「心が荒い」なんだ!と気付いた(間抜け)次第。だから今は少し静かにしていようと思うのは正解なんだ。なんかすっきりした。

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