2010年7月19日月曜日

Spirit Rock再び Part 1 - Practice of Mindfulness

日本から戻って4日後の時差ぼけさめやらぬ中、瞑想リトリートへ出かけました。10年来の友人で今はミズーリに住むRは、前夜につくはずが飛行機の遅れで出発当日の朝着。彼女を空港で迎え、午後には去年リトリートで知り合ったCをサンフランシスコでピックアップして三人で出かけました。Rは3回目、Cと私は2回目でお互い期待に胸を膨らませ、水曜日午後に到着しました。
登録時に毎日のお勤めが決まります。今年もキッチン仕事に興味がありましたが、腱鞘炎で自由が利かないので、二つの宿舎ホールの掃除機かけとドアのガラス磨きを担当しました。そしてエキストラとして毎朝ホールの祭壇のロウソクを灯す役割も受けました。
去年様々な体験をした瞑想ホール。ホール中程を自分の座る場所と決めて、部屋に戻り持参したシーツでベッドメイクを終えれば、6時のオリエンテーションまで自由時間です。いつも一緒にいる3羽の七面鳥も興味深くホール周辺を行き来していました。
夏草の香りに満ちた丘に続くトレイルを昇り、ベンチに腰掛けて目を閉じれば、鳥のさえずり、トカゲが草むらを動く音、風が草葉を揺らす音だけがなめらかに続きます。
五感がどんどん鋭くなり自分の肉体が風景にとけ込んでしまったかのような一体感にしばし時を忘れます。
リトリートでは、会話はもちろん書き物もしないようすすめられているので、時々の感じ方や思考は後になってみると、曖昧というか一つに溶け合っています。
約80名が午後8時に瞑想ホールに集合。初めての参加者は全体の3割程度と去年より少ないようです。最後の瞑想時間ではあっという間に時が経ち、気がつくと小さな明かりがだけが灯った瞑想ホールに一人きりでした。はじめは気になった手首の重さも消えて、30分が5分程度に感じられたほどでした。外に出ると満天の星空。

何をするにもMindfulに。マインドフルとは心を配る、注意をはらうという意味で、Mindfulでいるということは、常に『いま』に集中して何事をも行うということです。歩を進める時は、体の各部の動きから体重の移動具合を感じ、食事時は食べ物をよく噛んで食感や味を感じ、飲み込んだ後のあと味や体への影響も食材によって違うことがわかったり。生まれてこのかた続けてきた呼吸もMindfulになれば、変化があることに気づきます。座っていると気になりだす腕の重み、肩や腰の痛みも、姿勢を変える前に注意を払う。変化しいずれ消えてしまうこともあれば、どんどん激しくなることもある。常に移り変わるものそれぞれに心を配るというのは、集中力が散漫になるように思われるかもしれません。移り変わるものを求めて意識を馳せればそうかもしれません。しかし意識を泳がせずに、そこに現れる思い込みやつぶやきを受け止め、姿を観察し、それを手放す。落ち着いている時には、考え方のパターンや、根拠のない思い込みからどんどん話を膨らませている自分に気がつきます。行動にいろいろな意味付けをせず、ただ行うこと。Mindfulnessで過ごせば、それが自然体になるのでしょう。心を込めて『いま』を過ごす。その大切さは充分に感じました。あとは呼吸をするようにその意識を自然に行動に結びつけるようにすること。先は長そうですが、気づくことがはじめの一歩であることは確かです。

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