年齢を重ねるにつれ残り時間のリマインダーともなる誕生日。北米生活ではそれほど年を気にせず生活していけますが、アルコールを買う時に年齢を確認されると複雑な気持ちになる今日この頃。毎年誕生日に現実に引き戻され、成長のない自分を反省することしかり。
そういえば黒川伊保子監修「しあわせ脳 練*習*帳」という本のP160に面白いコラムがあります。脳は自分の実年齢を知っているという説。脳には固定振動数があり、満年齢の整数倍のヘルツに反応するとか。その固有振動数が切り替わるのが毎年自分の誕生日の朝7時20分前後だそう。脳内のカウンターが一日のある同じ場所を日々数えていて、一年経ち太陽の角度が同じ位置に戻ってくると固有振動数が切り替わるという仮説です。新しく脳が生まれ変わる誕生日からしばらくはものの見方がずれているので、重大な決断は新しい固定振動数に慣れて来た2週間後位からにしましょう、とそのコラムはすすめます。逆に今まで破れなかった殻や枠を突破するには今がいいのかも?
以前は誕生日とは自分を甘やかす日でした。でもしばらく前に故淀川長治氏が誕生日に食事に誘われた時、誕生日は産んでくれた母に感謝する日なのでと遠慮したと読んで感動しました。この世に生をうけたことを感謝する日。当たり前の事なのに気がつきませんでした。誰もが一人で産まれて育ったわけではない。誕生日とはまた一年、お陰さまで年を重ねる事ができたという有り難い記念日。
ここ数年、自分の誕生日にお世話になった人々へ手紙を書いています。多くの人たちに支えられて生かされている。忘れがちな幸運を思い出すリマインダーとしての誕生日、今年も無事に過ごせました。ソーシャルメディアを介し世界中からもらったお祝いメッセージも嬉しかったし、楽しむ事も忘れませんでした。その模様はまた書きます。
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